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仙台家庭裁判所 昭和45年(家)1099号 審判

申立人 花房好郎(仮名)

相手方 永井満子(仮名)

事件本人 花房道子(仮名) 昭四二・三・三七生 外一名

主文

相手方を事件本人花房道子(昭和四二年三月二七日生)、同花房晃(昭和四四年三月一三日生)の親権者と定める。

理由

一  申立人代理人は、相手方に対し昭和四五年一月一九日離婚等調停事件(当庁昭和四五年(家イ)第一七号)を申立て、同年八月一二日「一、申立人と相手方とは離婚する。二、当事者間の長女道子、長男晃の親権者指定については別途審判にゆだねる。」旨の調停が成立し、右親権者指定について同日審判手続に移行し、申立人は、「申立人を事件本人らの親権者と定める。予備的に申立人を事件本人道子の、相手方を事件本人晃の各親権者と定める。」との審判を求め、相手方は主文同旨の審判を求めた。

二  調査官小針通の調査報告書(昭和四五年一〇月二日付および同年一一月九日付)二通、申立人および相手方の各審問の結果を総合すると次の事実が認められる。

1  申立人と相手方は、昭和三九年六月ごろ事実上の婚姻をし(同年一〇月一六日届出)、仙台に居住して昭和四二年三月二七日長女道子を、昭和四四年三月一三日長男晃をもうけた。

2  申立人は、結婚後相手方の兄の経営する○○業の従業員、○○○○会社の整備工、○○会社の運転手等として稼働したが、胃病で入院したり、免許停止処分を受けたりして比較的欠勤することが多く、収入も乏しかつたので、相手方も、道子出産前まで、セールス、ホステス等として働いていたが申立人と相手方の性格的不調和により結婚半年後から時折いさかいを生ずることもあつた。

相手方は昭和四四年三月一三日晃を出産し、その後静養のため事件本人らを連れて両親のもとに身を寄せていたが、丁度その頃、申立人は静岡県にいる申立人の母から呼び寄せられ、実弟と母とのいさかいの調整のため暫時母方に滞在していたが、当時健康状態も思わしくなかつたので、母の経営する○○の手伝いをして生活しようと考え、同年五月母とその内縁の夫に伴われて相手方宅を訪ね、種々話し合つたが、相手方は出産直後申立人が静岡県に行き、相手方の世話をしなかつたこと、母に依存的な申立人の態度等から、申立人および申立人の母を嫌悪しており、その話し合いは難行した。

その後も相手方は電話で申立人に対し早く帰仙して生活を建て直してもらうべく懇願したが、申立人の母から「嫁は夫に従うべきだ」といわれ、母のもとで生活をつづける申立人に対し強い不満をもつようになつた。申立人は相手方らに来静するよう話し合うため同年一二月再度母と共に相手方宅を訪ねたが、双方共これまでの経過から感情的に対立し、話し合いとならず、その直後申立人は離婚を決意して本件離婚調停の申立に及んだ。

第二回調停期日(第一回調停期日は申立人欠席)において、離婚について合意は成立したが、終始双方共自分が事件本人らの親権者になりたい旨強く主張した。

3  事件本人らは、前述のとおり昭和四四年三月末以来相手方の実家で養育されており、相手方の実家は、父金二(当七七歳無職)、母さと(当六八歳無職)、姉ひろ子(当四〇歳○○経営月収約二〇万円、夫と死別)、八重子(当二五歳あみ物学校生徒未婚)およびひろ子の長男(高校二年生)の五人家族で、そこに相手方と事件本人らが同居して生活している。その生活費は全て姉ひろ子の収入でまかなわれ、家族間は円滑で相手方は家族全員の身の廻りの世話家事一切を担当し、母が事件本人らのお守役をし、姉ひろ子は自分の長男の世話を相手方にしてもらうことを感謝しており、双互に長短相補つた役割で調和した家庭を築いている。居住家屋は借家であるが、四部屋ある独立家屋で事件本人らの養育に不自由はない。

相手方個人の資産、収入は現在のところないが、相手方の兄弟達も相手方に協力的で、相手方および事件本人らの将来の生活についても具体的に話し合いがなされ、協力体制が調つている。

相手方は、事件本人らの出産が二回共帝王切開手術によつたことから、幾分貧血気味ではあるが、別居以来病床に就いたことはなく、事件本人らに対する愛情は極めて強く、親としての自覚、責任感は充分と認められ、特に事件本人らの養育料については、申立人に対し何ら期待せず、自活の道を考慮しており、現在のところ再婚の意思はない。

4  申立人は、母そめ(当六三歳)、その内縁の夫高梨宏(当五九歳)の共同経営する○○の手伝いをしながら、母の賃借する店舗兼居宅に単身居住し、母そめの収入は昭和四四年中営業所得金額は八七万円余り(同人の供述によると本支店水上げ合計額は月約一〇〇万円位)で、経済的には豊かな生活であるが、申立人自身の収入は明らかでなく、申立人は店のものを食べ小遣銭は店の売上金のなかから一月一万円位を費消する程度で、申立人個人の経済的自立性は乏しい。

申立人の健康状態は、最近はおおむね良好であり、事件本人らの親権者になることを強く希望しており、事件本人らが幼児であるため直接の監護は母そめが主として行なう旨述べている。

三  以上認定事実によれば、申立人の実家の方が相手方のそれに比し、経済的には豊かであると認められるが、親権者指定の基準は父母の経済能力の差異にのみあるのでなく、その他の事情をも併せて総合的にみて、父母のいずれが現実に監護養育するのが子の福祉に適合するかによつて決められるべきである。子の養育費を負担する義務は父であり、母であることに基づくものであり、親権者であることに基づくものではない。

次に、前記認定事実によること、事件本人道子は三年八月、同晃は一年八月の幼児であるが、子が幼児であつて父母が離婚後互々自己が親権者になると主張し譲らない場合は、幼児期の子の養育には健康な母の愛情が父のそれにもまして不可欠であることに鑑み、母が監護養育するのを不相当とする特段の事情のない限り母を親権者と定めることが子の福祉に合致するものと考えられ、母である相手方が親権者となることに特に不相当な事情は認められない。

なお、申立人は、事件本人道子の親権者を申立人、同晃の親権者を相手方と定めることを主張するが、一般的にいつて兄弟姉妹の親権者を分離することが考えられないわけではないが、これは特に止むを得ない事情の存する場合のみ許されることであつて、特に幼児期においては兄弟が生活を共にすることによつて互いに得る体験は人格形成の上で何ものにもかえがたい価値のあるものであり、親の子に対する情愛の満足のためにそれを奪うべきではなく、本件については特に事件本人らの親権者を申立人と相手方に分離しなければならない事情は認められない。

以上の事情に加えて、その他一切の事情を比較検討すると、現段階においては、相手方を事件本人らの親権者に定めることが、子の福祉に合致するものと思料する。

よつて、主文のとおり審判する。

(家事審判官 若林昌子)

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